とある東大生の脳内をのぞく

こういうこと考えてる東大生もいるんだなあ

時の流れ

 

僕は、3月の初めに1つ歳をとる。

 

浪人時代、それを友達に伝えると、99.9%の確率で次のように反応された。

 

 

 

「えーっもう入試終わってるじゃん」

 

 

 

そのときは目の前の勉強をこなして実力をつけることに精一杯だったから、入試のことなんか、遠い未来のように感じていた(嫌なことは長く感じるという主張と繋がる)。

 

すなわち、その反応をされたそのときは、自分の19歳の誕生日が来るときなんてまだまだ先のことだと感じていた。

 

 

しかしいま、僕は無事に19歳になって志望校に合格し、あれだけ憧れた大学生活を送っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれだけ憧れた、と書いたが、憧れとその現実は必ずしも一致しない。

 

憧れとちがうと言っても、嫌なことがあるのは仕方ない。

 

大学を卒業するために求められることはただひとつ、学問を修めることである。

 

卒業するには、これから逃げることはできない。嫌なことがあるのは仕方ない。

 

 

 

ただ、避けられるはずである「嫌なこと」に直面しているとしたらどうだろう?

 

例えば、入ったサークルが思ったより面白くなかったが、できてしまった人間関係などもあってなかなか活動の頻度を落とせないでいる。

 

入学直後に作った友達が意外と自分に合わないが、最初からずっと一緒というのもあってなかなか距離を置けずにいる。

 

新しい出会い、新しい機会がたくさんある大学生活では、こういう「心の違和感」を持たざるを得ない状況に直面することが往々にしてある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が1年大人に近づく日が遠い未来のように感じたときがあったはずなのに、僕は今こうして19歳の生活を送っている。

 

 

まだまだ先だと思っていることも絶対にいつか来てしまうし、時は確実に流れ、僕らはそれに逆らえず老いてしまう。

 

 

若い今は、自分が将来ヨボヨボになって、場合によっては車イスを使ったり病院のベッドに寝たきりになったり、なんて考えられもしないが

 

入試が終わって僕がひとつ歳をとったように、老いもいずれやってくる。

 

 

僕らに与えられた時間はたしかに多いが、それは確実に限られている。

 

そう考えると、やりたいことは後回しにしないほうがいい、と最近強く思う。

 

 

自分が直面している「嫌なこと」がもし避けられるものなのであれば、積極的に自分の状況を変えに行ってほしい。

 

同じ場所で我慢してがんばる必要はない。この広い社会で、僕らの居場所は、1ヶ所に限られたものでは決してない。

 

今の場所が嫌でその抜け道があるのなら、勇気を出して自分(の環境)を変えに行こう。

 

僕らはいずれ老いる。だとしたら、今いる嫌な場所を抜け、元気のある若いうちは自分が安らげる環境に身をおいて、やりたいことを思う存分やろう。

 

自分(の環境)を変えるのには勇気がいる。

 

でも、変えた先に自分の喜びが待っているのなら

 

 

もう、踏み出すときはすぐそこにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

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